5.キャリア開発の見通し・課題
キャリアカウンセリングやキャリア面談などを通じて、従業員の経験したい職務が明らかとなり、自己申告制度を通じて異動希望を会社に提出したとしても、会社には要員計画の下に人材配置の都合があるため、実際に希望する職務には就けないことがあります。
このような場合、従業員が会社の用意したキャリア開発施策を受け入れることができず、退職に至るケースもあるかもしれません。そのため、キャリア開発施策の実施に当たっては、その結果をできる限り、実際の人事異動に反映させる努力が求められます。
それと同時に、従業員に対しては、希望に添えない場合もあることを、しっかりと認識させていくことが必要です。このように、キャリア開発を進めていくに当たっては、従業員と会社の双方にさまざまな課題が存在します。

効果測定の困難さ
学校教育を例に出すまでもなく、教育を行うことによって何らかの効果があることは、周知の事実です。
しかし、これがビジネスにおける教育となると、やや様相が異なります。企業における教育は、その目標が経営の置かれた環境で大きく変わることがあるからです。成果が認められるまでには、時間軸の問題もあります。そのため、人材開発と同様、キャリア開発においても「費用対効果」を測るのは難しいと、最初から諦めている人材教育担当者は少なくありません。
経営とは投資ですが、それは人についても同様。そのため、キャリア開発で何を目指すのか、その目標は何なのかを明確にしなければなりません。
例えば、社内公募制度や自己申告希望者の割合の増加など、キャリア開発支援施策を実施することによって、何を目標とするのか(達成したいのか)を決めること。
また、知識やスキルの向上が目標なら、それらを数値化(見える化)する仕組みを考えることが重要です。キャリア開発で目指すことが分かれば、後はそれを測る指標や基準を持ち、定点観測していけばいいのです。キャリア開発に関わる関係者はこの点を、決して忘れてはいけません。
キャリアプラトー
キャリアプラトーとは、組織内で昇進や昇格の可能性に行き詰まり、モチベーションの低下や能力開発機会の喪失に陥っている状態を言います。「プラトー(Plateau)」は高原・台地の意味で、キャリア発達が高原状態に達してしまい、伸びしろのない停滞期にあることを表現しています。これでは、キャリア開発を進めていくのが難しいでしょう。問題は、このような事態が今、多くの企業で見られることです。
青山学院大学経営学部・山本寛教授は、このようなキャリアの停滞には、大きく二つの側面があるといいます。一つは、階層プラトー現象で、昇進(タテのキャリア)の停滞。組織における将来的な「昇進可能性」が低下することです。もう一つは、内容プラトー現象で、仕事(ヨコのキャリア)の停滞です。長期間、同一職務を担当することにより、仕事で新たな挑戦や学ぶべきことが欠けた状態となり、職務に対する挑戦性が停滞すること。いわゆる「マンネリ化」です。
ここで問題となるのは、停滞がその人に悪影響を与えることです。昇進と仕事の停滞が重なると、モチベーションや業績などに、大きなマイナスの影響が出ます。現実的な対応として、昇進の停滞への対処には困難な点が伴いますが、仕事の停滞に関しては会社として比較的対処しやすいと思われます。その点からも、「社内公募制」「組織横断的な場での能力活用」など、まずは仕事の停滞の防止・脱却に取り組む対策が大切です。
キャリアクライシス
キャリアクライシスとは、ビジネスパーソンがこれまで培ってきたキャリアを失いかねない危機、またはそうした危機に直面することをいいます。長い人生では、年齢によって誰もがキャリアクライシスに陥りやすくなる時期があります。特にAIの発達が目覚ましくなる今後、キャリアクライシスに直面する機会はさらに増えていくと予測されます。
現実問題として、AIによって取って替わられる仕事は確実に増えていきますが、一方で人にしかできないことがあるのもまた事実。例えば、判断すること、責任を取ること、当事者意識を持つこと、誠意を示すこと、粘り強く最後まで絶対に諦めないこと、人的ネットワークを広げることなど、人にしかない「意思」を持って行う行為です。これらはAIに不向き(苦手)なものです。
だからこそ、キャリアクライシスを乗り越えていくには、「自分ならではの価値を知り」「自分ならではの価値を上げること」に注力するべきでしょう。それが結果として、真のビジネスパーソンとして成長し、自己のキャリアを確立することにつながっていくと考えられるからです。そのためにも、企業には各人の価値発見・創造に向けた取り組みや機会を意識して用意することが求められます。
キャリア権
キャリア権とは、人は誰でも自ら望む職業キャリアを主体的に開発・形成する権利を持ち、社会や企業は個人のキャリア形成を保障・支援すべきである、という法概念のこと。企業が有する人事権に対して、このような労働者の権利をキャリア権と呼びます。
キャリア権の議論は、職業経験による能力の蓄積やキャリアを、個人の財産として法的に位置づけようとする試みで、2002年に当時、法政大学教授だった諏訪康雄氏が座長を務めた「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」が、報告書の中で提示したものです。そこでは企業1社による雇用保障を超えて、キャリア権を法的に保障することの重要性が述べられました。今後、こうした流れを受けて、企業側の個人のキャリア形成に対する配慮義務は高まっていくと予測されています。場合によっては、合理的な理由があるとの判断の下、人事権よりも優遇されるケースが増えてくるかもしれません。
人生100年時代
「人生100年時代」という言葉がブームとなっています。その発祥は、イギリスのロンドンビジネススクール教授リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット両氏の共著『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』に端を発しています。日本でも、安倍政権がグラットン氏をメンバーに入れた「人生100年時代構想会議」を立ち上げ、政権の新たなキーワードである「人づくり革命」について、検証を進めています。
人生100年時代では、80歳まで働くことがイメージされています。定年後にどんなセカンドキャリアを送るのか、誰もが考えなければならない時代になっていくのです。加えて、昨今の技術革新のスピードを考えた場合、今後、ビジネスパーソンが学ぶべき対象も大きく変化すると予測しています。このような時代には、年齢に関係なく学び続けることが重要であり、機会を見つけて本格的に学び直すことが不可欠となってきます。人生100年時代を想定し、「リカレント教育」(生涯に渡って教育と就労を交互に行うことを勧める教育システム)のあり方が重要な政策課題となっていますが、このようなアプローチは企業のキャリア開発のあり方に対しても有効なものと言えるでしょう。