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クライアントと「語る」ことー「表現すること」

クライアントと「語る」ことー「表現する」こと

「聴く耳」を持ったセラピストに出会ったクライアントは、自らが抱える「症状」や「困ったこと」「苦しみ」「悲しみ」「痛み」「不安」「混乱」を語り始める。

「カウンセリングの『器』というものに、クライエントは、当初は若干の違和感を感じられるかもしれない。

しかし、やがて、安定した「器」の存在によって、自らが、むしろ専門的に受けとめられる感触を得てゆかれることになるだろう。

「訴え」が受けとめられる経験が積まれる中で、クライアントは、そして、クライアントの心は、少しずつ自らを語り始めることとなる。

人間存在と「影」

「影」という表現は、「光」に対してのものだろう。

「陽」に対する「陰」の世界と言うこともできるだろう。

どうしても、人間の意識や社会は、「光」「陽」を求める傾向を持つものであるようだ。

「光」「陽」を求める傾向は、人間が意識化へと向かう存在であるがゆえに、不可避的なことである。

但し、「光」が存在することになれば、また、同時に、「影」が生じるという「逆説」とどのように向き合うか、これこそ人間存在に課された根源的に困難な課題と言うことができるのではないだろうか。

人間や社会が「光」「陽」の世界を求める傾向を持つだけに、心理カウンセリングにおいて語られる内容は、「影」「陰」にかかわるものとなる。

このような「影」「陰」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「不安」をそのまま受けとめさせていただくことこそが、心理カウンセリングの根本である。

「影」や「苦しみ」を何とかしようとしたり、「光」に変えようとしたりするのではなく、「影」の住人の声にひたすら「耳を傾ける」と言ったらいいだろうか。

セラピストがもしクライアントの語る「悲しみ」「不安」「困難」に対して、何らかの解決策を提案したり、アドバイスをするとすれば、それは、実は、人々が「いつまでも後ろばかり見ていないで、前向きに行こうよ」と応じることをしていることになるということを私たちは意識しておきたい。

河合隼雄がセラピストの基本的姿勢というものは、「何もしないことだ」と表現していることも、この意味で理解されるべきであろう。

クライアントは、「症状」「困難」について毎回のように、セラピストに訴える。

これまでなかなか「耳を傾けて」もらえなかっただけに、「器」を得たクライアントは、「症状」「困難」「影」「苦悩」を語り始める。

「語る」こと

クライアントは、セラピストの身体の反応、表情(目・口元・眉、その他)の動き、頷き方、息遣いを見事に観察しているのである。
そして、セラピストの表情や身体の動きは、セラピストの発する言葉と同等、あるいは、時にはそれ以上の表現力・伝達力・影響力を持つものである。
セラピストは、クライアントの語ること、クライアント自身もまだ意識していないかもしれないことに開かれているばかりではなく、自身の無意識、あるいは、心の深いところにも開かれていることが重要であると河合隼雄は指摘した。
セラピストが「開かれた姿勢」でいることができる時、クライエントは安心して、自らもまだあまり口にしたことのないあたりの事柄について、少しずつ「語り」始めることになる。
とりわけ、日本においては、身体のレベルでのセラピストの反応・表現が大きな意味を持つものであることの重要性を強調しているが、これと同時に、セラピストの言葉、「ここでは、何を話していただいても構いません。ここで話されたことは、この部屋の中に留まります、つまり、この部屋から外に出ることはありません」
もし、この言葉がセラピストから発せられたのであったら、「語られたことは、この部屋から出ない」ことを、セラピストは心身を賭けて守りとおす必要がある。
これが、「この場の重み」である。
セラピストが「言葉の重み」と意識してかかわる時にだけ、クライアントの語る「言葉」の重みを持つことができる。

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