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偏見の心理 2

偏見の心理 2

(3)偏見を生み出す認知過程

集団を知覚し意味づける認知過程においてオルポートがとりわけ重視した考えは、先述したカテゴリ化に加えて、次のものがある。

(a)最小努力の原理
あらゆる集団に分化した概念を持つには人の時間と労力はあまりにも限られている。
そのため人は、自分の関心の範囲を超えた領域に投じる努力を最小限に抑えようとする。
極端なところでは、対象の良し悪しの判断(二重価値判断)さえできれば十分であり、単純な分類をすることで資源を節約しているのである。
(b)言語の評価
人は言語を用いてカテゴリを表現する。
たとえば、黒い肌を持つ人たちを「黒人」と呼び、アジアにルーツを持つ人たちを「アジア人」と呼び、それぞれのカテゴリにラベル(ないしはレッテル)を付与する。
オルポートによると、人が用いるラベルの半数ほどは「社会的な発明品」であり、客観的な事実をもとに分類されたラベルではない。
ルを付与した集団の間には差異が知覚されやすくなるが、その差異は集団間の真の差異とは異なるものになることを、オルポートは繰り返し主張する。
(c)ステレオタイプ
ラベルが付与された集団に対して、人は何らかのイメージを結びつけ、ステレオタイプを形成している
ステレオタイプの定義は、その特徴のどの側面を重視するかによって異なるが、オルポートはステレオタイプの単純性の側面を重視し「カテゴリと結びついた、誇張された所信」ステレオタイプを定義した。
カテゴリに結びつく特性を誇張することで、ステレオタイプはカテゴリを単純に捉えることに役立つのである。
逆の視点から見れば、1つの集団についての認識は多様に分化していても良いはずだが、ステレオタイプにはそのような分化された思考を妨げる作用がある。
(d)正当化
ステレオタイプには、それが抱かれる集団に対しての行為を正当化する機能がある。
例えば、ある集団の人たちが劣っているというステレオタイプは、その集団のメンバーを奴隷として支配することを正当化するかもしれないし、ある集団の人たちはお金や身分を必要としていないというステレオタイプは、彼らへの不平等な待遇を正当化するかもしれない。
オルポートによると、ステレオタイプはこのようにこじつけられたものであり、どのようなこじつけがなされるかは、偏見の性質やその時々の文化的な背景に同調するかたちで決まってくる。
(e)例外の除外(サブタイプ化)
どの集団にもその集団のステレオタイプに当てはまらない人はいる。
そのような人に接触すると、「勤勉でない日本人もいる」「黒人にも高地位の人物はいる」などとして、たいていは例外は認められる。
しかし、多くの例外に接触したからといってステレオタイプが薄まるわけではない。
ステレオタイプに反する事例を除外することで、ステレオタイプはそのまま維持されるか、それまで以上に堅固となある傾向がある。
(f)秩序ある世界像の生成
現実の世界を歪曲してまでも、人は集団間に差異を知覚し、それぞれの集団やそのメンバーにどのような特性があるかを自発的に推測しようとする。
なぜなら、自分の知覚を単純化し、混とんとした世界を整然と理解することで、自らが納得のいく、秩序ある世界像を生成し、安定感を得ることができるからである。
この世界像を生成に手を貸すのが社会、文化、宗教であり、それらは曖昧で不確実な問題に何らかの解(e,g,,規範、慣習、思想)を与えることがある。

(4)人種や民族の差異が知覚されやすい理由

ラベルを付与された集団は無数にあるが、人種や民族の間にはとりわけ差異があるように知覚されやすい。
オルポートはその理由を、可視的な手がかりと本質主義的な思考から説明している。

(a)可視的な手がかり
ある集団の手がかり(e,g,,黒い肌、流暢な日本語)、特に目に見える手がかりがあるときには、それが連想の足場として働き、集団間の差異が知覚されやすくなる。
可視的な手がかりを目印にしてカテゴリ化が活発になり、集団間の差異が強調されてしまうからである。
そのような手がかりが存在するときはには、内的な特性(e,g,,能力、人柄)すらも実際以上に集団に結びつけられる傾向がある。
(b)本質的主義な思考
その傾向を促進するのが、遺伝、進化、血統などの概念に基づく本質主義的な思考である。
要するに、ほとんどの人が集団間の真の差異を知らない状態で、何らかの手がかりと本質主義的な思考をもとに、主観的に集団間に差異を知覚していることがあり、人種や民族(性別も同様)に対してはそてが起こりやすい。
この状態に、反感正当化につながる歴史的要因、あるいは、社会文化的要因が加われば、集団間の差異はさらに拡大して知覚され、偏見は増幅し、集団間の関係は悪化しやすい。

(5)隔離から接触へ

偏見を低減させ、集団間関係を改善させるための効果的な方略は、各集団のメンバーどうしを接触させることである。
しかし、集団間の接触が単に偶然なされただけでは、偏見やステレオタイプの連想が強まり、回避的な反応が生まれやすい。
オルポートは、集団間接触を通して友好的な関係を築くには次の4つの条件が必要だとした。
❶対等な地位
接触する状況において対等な地位にある。
❷共通の目標
共通の目標に向けて両集団のメンバーが努力する。
❸相互協力的な関係
互いに協力し合う関係にあり、競争的な関係にない。
❹規範からの支持
法律、慣習、権威、雰囲気が公正や平等を支持している。

オルポートのこの接触仮説(contact hypothesis)はその後の研究において支持されていくが、195年代当時のアメリカでは多くの都市が接触仮説と正反対の隔離政策を採用し、アフリカ系アメリカ人や他の有色人種とされる民族が白人と接触しないよう隔離されていた。
オルポートは、隔離は緩慢ながら衰える傾向にあると考えるものの、この状況を強く非難する。
彼は、隔離はその犠牲となっている集団の反動(e,g,,暴動)を生むこと、隔離推進者の反対があったとしてもそれは一般に短命に終わること、偏見緩和のためには、法的であろうとなかろうと、隔離を攻落する必要があることを強調している。

(6)法律と教育

集団間接触において挙げた4つ目の条件、すなわち、集団を取りまく状況が公正や平等を支持し、集団間の接触を後押しすることは、偏見の問題を解消するための武器となる。
その中でも強力な武器は、法律と教育であるとオルポートは考え、それぞれには次の力があるとする。

(a)法律
ある集団に対する差別や身体的攻撃が慣習的に行われる状況は、それを実行する者の個人的な特性のみから説明することはできない。
その背景には、権威ある人物(e,g,,裁判官、警察官)が差別や暴力を黙認して制裁をあたえないなど。
(b)教育
学校や家庭の教育を通じて、児童は偏見とその問題を把握し、現状に疑問を抱くようになるかもしれない。
児童が問題意識を持てば、それがない場合に比べ、偏見の解消につながる機会は増えるはずである。
学校と家庭の教育はどちらも重要だが、過程のほうが個々の児童に与える影響は大きく、学校のほうが是正プログラムに効率的に取り組むことができる。
『偏見の心理』の中では、法律や教育に関して実行されるべき具体的な方策や失敗例も述べられている。
オルポートが提示するそれらの方策は、固有の歴史や文化を持つ個々の状況で成功するとは限らないが、短期的には問題視される行動の抑制に、長期的には他者を許容する安定したパーソナリティの育成に役立つオルポートは信じている。

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